山手線、大阪環状線の1.5倍の大動脈

山手線、大阪環状線の1.5倍の大動脈

山手線(やまのてせん/やまてせん)

東京の路線紹介、最初は山手線だ。

 

山手線は、東京・品川・渋谷・新宿・池袋・上野・秋葉原などといった、私鉄のターミナル駅を巡るJRの路線で、関西で言えば大阪環状線にあたる。

 

大阪環状線の場合は、環状線の内側には線路らしい線路がないが、東京の山手線の場合も同様で、中央線が東西に一本走っているだけだ。

 

なぜこのように中心部に線路がないかというと、歴史がある都市には線路を敷く土地が見つからないかららしい。

 

東京や大阪・京都と言った地域には、鉄道ができるはるか以前に街ができあがっていて、広い道路に路面電車を走らせるか、街外れや郊外の土地取得が安上がりなコースに、線路を敷くしかなかったのだ。

 

そして車が増えたために、路面電車がバスや地下鉄に替わり、街中には電車が走っていないという形になったわけやね。

 

今でこそ山手線沿線は賑やかな都会という感じだが、明治時代はまだ本当に山際を走る鉄道で、渋谷も道玄坂や宮益坂に囲まれた本当の「谷」だったわけだ。

 

そんなところになぜ鉄道を走らせたかというと、当時の鉄道の大きな役割が「貨物輸送」だったからで、山手線も実は、横浜港から内陸部に貨物を運ぶための線路の一つだったのだ。

 

山手線は、大阪環状線の1.5倍の規模

大阪の環状線と大きく違うのは、まずその大きさと駅数で、大阪環状線の1.5倍くらいあると思うと良い。

 

実際に比べてみると、一周の距離も、一周にかかる時間も、駅数までも、ほぼ1.5倍くらいだね。

 

JR山手線と大阪環状線の比較
 一周の距離一周の時間駅の数
JR山手線21.7km約60分29駅
JR大阪環状線34.5km約40分19駅

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「やまのてせん」か「やまてせん」か。

山手線の路線は、大阪環状線のように丸く走っていない。

 

右図のように、南北方向に偏った形になっているが、これにも理由がある。

 

と言うのも山手線は元々、横浜港から関東北部まで、貨物を運ぶための貨物路線として計画されたものだったからだ。

 

横浜から品川までは既に線路があったので、品川駅から山の手を通って赤羽までつなぎ、さらに北部の常磐線に接続する予定だった。

 

なので山手線の正式な位置づけは、品川駅から伸びた東海道本線の支線で、正式区間も「品川駅」から「田端駅」だ。

 

品川駅から東京駅までが東海道本線で、東京駅から田端駅までは東北本線になっている。

 

山手線が環状運転を始めるまでには紆余曲折があり、

  • 品川駅から赤羽駅まで、「し」の字の運転を開始(1885年)、
  • 中央線が伸びて東京で接続して「6」の字の運転へ移行(1919年)、
  • 東京駅と上野駅の間が完全開通し環状運転(1925年)
…というふうな変遷を経てきている。

 

大正時代からは山手線の複々線化も始まっており、環状運転専用の線路と、南北をつなぐ線路が別になった。

 

つまりこの環状運転専用の線路が、我々が一般に言う「山手線」ということになるわけやね。

 

山手線の読み方

手線の読み方は、正式には「やまのて・せん」だが、「やまて・せん」と呼ぶ人もいる。

 

というのも一時期「やまてせん」と呼んでいた時期もあるらしく、CMなどでもそう連呼されていたらしい。

 

なので人によって「やまのてせん」と言ったり、「やまてせん」と言ったりするから、慣れないうちは気になるかもしれない。

 

また「山手」という地名はよくある地名で、横浜にも山手という場所があるので、ハッキリ区別したいときは「やまのてせん」と言った方が良いかもしれない。

 


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